新たな形式の要望 ~感じる寺院への展開~

仏教離れが進む中で、新たな信徒の獲得に向けて、寺院は開かれていく傾向にある。また機能的にも、座式から椅子式に変わり、木造からRC造に変わる寺院が増えている。

今、仏教建築、とりわけその中でも重要な位置づけにある本堂は、大きな変革の時期を迎えているのである。

さて新たな本堂のあり方として、「開かれた」というお題目は決まっているが、これはガラス張りの建築にして見た目に入りやすくすればよいというような単純なことではない。前述したように、本堂はご本尊が支配する空間であり、天平時代からさまざまな変遷を経ながらも脈々と受け継がれてきた形式が存在する。開かれた寺の活動とは、檀家以外の参詣者を本堂に招くことであり、本堂において御仏の力を感じてもらうことである。したがって本堂においては、読経会や雅楽の演奏、舞などのさまざまな催しが開かれる。

新たな本堂の形式は、受け継がれてきた形式の延長にあって、かつ開かれた寺の活動をサポートすることが求められているのである。

浄土系の本堂とは、もともとご本尊が安置されているだけの建物で、平等院鳳凰堂に見られるように本堂の建物自体が極楽浄土の空間であった。したがって参詣者は外からご本尊を拝んでいたのだが、その後多くの人が同時に参詣しても雨に濡れないようにするため、本堂の形式はそのままに、外に向拝の大きな庇を加えることとなった。さらにその後、一般信徒も本堂内でお経を聞いたり、念仏を唱えることができるようにするため、外部であった参詣者の場所を堂内に移して外陣と呼び、ご本尊を中心とした極楽浄土の空間を内陣と呼ぶようになった。内陣と外陣との間には結界が置かれ、内陣を外から見るという形式は崩さずに、参詣者の場所を内部化したのである。


現在、開かれた活動として、本堂内では僧侶による雅楽の演奏、舞などが催されている。それらは、僧侶から参詣者に向けて発せられるものであり、本来、舞台は内陣、鑑賞席は外陣に位置しなければならない。しかし、旧来の形式の本堂では、内陣は舞台としての機能を備えておらず、そのためイベント時に急場ごしらえで、外陣に畳を敷いて舞台とするなどの方法がとられている。

しかし、この方法だと舞台と鑑賞者は一体となるが、肝心のご本尊が離れた別の空間に位置することになり、御仏の力を感じてもらうという目的が薄れてしまうという課題があった。

この本堂では、開かれた寺の活動をサポートする新たな形式として、外陣を内陣の空間と一体化することにした。

そもそも浄土系の寺院では、平等院や善光寺などのように内陣に一般参詣者を招き入れて、御仏の力を空間で感じられるような拝観方法をとるところもあり、すでに内陣と外陣の空間が一体化した本堂をもつ寺院も少なからず存在している。旧来の本堂の形式をないがしろにして、多目的ホール化しただけではないかという批判めいた声もあるが、歴史の中で徐々に徐々に参詣者に開かれることで、内陣に近づいて行った外陣が、とうとう空間的に内陣と一体化するという形式の進化であるととらえることもできると思う。

回向院は、元来有縁無縁にかかわらず誰でも受け入れる「開かれた寺」である。
両国の本院やその他の別院では、旧来の形式の本堂をなんとか活用して、読経だけでなく、雅楽の演奏や舞、さらにはバイオリン演奏などを催し、檀家のみならず地域の人々にも楽しんでもらっている。したがって、この建物の本堂においては当初より多目的ホールとしての機能も求められていた。ここでは、内陣と外陣の空間を一体化するとともに、内陣床下に畳を仕込み、外陣側に引き出すことによって、舞台を拡張できるようにしている。ホール並みの音響設備や照明吊ものも極楽浄土の宇宙観を損なわないように、慎重に隠しながら配備している。

そして舞台における催しは、教義に則った演出がなされている。
たとえば雅楽の催しにおいては、演奏の盛り上がりと相乗して阿弥陀如来がさらなる光を放ち、ぼんのう柱がゆっくりと炊き上げられ、光に染まると同時に天空に星が瞬きだすといった具合に、阿弥陀如来の力やはたらきの意義が、空間を通じて感じられるのである。


本堂でコンサートが開かれる様子


このような演出は、旧来の形式から展開し、内陣に外陣が取り込まれるようになって、はじめて可能となったことである。

仏教界の中で、さまざまな議論を呼ぶことは覚悟の上で、新しい形式に踏み込んでみただけの価値はあったと思っている。







2019年10月01日