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光の源

この度の再建に当たっては、回向院別院源光寺という寺号から「光」にその主眼を置きました。この「光」は、まさしく阿弥陀さまの光に他なりません。
大仏師村上清師のお力を借りて本堂の中心となる阿弥陀さまのお姿を決めた後、阿弥陀さまから発せられる「光」をいかに感じられるかを主眼に検討しました。


浄土宗では『浄土三部経』という経典をその拠り所としますが、その一つに『観無量寿経』という経典があります。『観無量寿経には「阿弥陀さまはその「光」によって念仏を称えた我々を、お救い下さる」とあります。
温かな優しい「光」。良き方向へと導いて下さる「光」。仏様の功徳の中でも最も勝れた功徳とされる「光」。この「光」を、より感じるためにも、この『観無量寿経』をヒントに本堂再建案を考えていくことにしました。

(本多将敬)



光のモザイクを写しだす建物正面壁


「光」を主題とするという方針が定まった後、すぐに建物の設計検討に取り掛かり、「光の柱に蓋われる本堂」、「吹抜け上部から光が挿すロビー」、「光のモザイクを写しだす建物正面壁」の3枚のスケッチを描きました。

(河原 泰)



河原が最初の打ち合わせの後に書いたスケッチ(光のモザイクが描かれている)


日本に経典が伝来する前、『観無量寿経』は中央アジアで行われていた阿弥陀さまの観法と深い関係にあったと云われます。
中央アジアのクチャでは、洞窟一面にラピスラズリをすり潰した顔料をふんだんに使った仏画が描かれ、信仰の対象とされていたと云われます。寺院の中心で、信仰の対象となるご本尊の背後には、この顔料(瑠璃)を用いて石踊達哉師に仏後壁を描いて頂きました。仏後壁に描かれた青海波には、あたかも阿弥陀さまから発せられた光の仮仏の如く、そこかしこに金粉がちりばめられています。
金粉の延長上、本堂天井には無数のLEDの光が輝いています。これは、堂内にいる我々を温かく包んでくださる「光」を、より体感できるようにと、建築家の河原泰先生とライティングデザイナーの小野田行雄先生が考えられたものです。



寄進者の御名を記した108本の煩悩柱が炊き上げられて108個の天空の光となり極楽浄土に向かう。


本堂内の周囲には、108本の煩悩柱が建てられており、柱の下からは炎をイメージした光が発せられています。
これは阿弥陀さまの慈悲の「光」に照らされることで、煩悩が清められ、われわれ自身のあるがままの姿が照らしだされることを表わしています。常に煩悩に囚われてしまう我々ですが、阿弥陀さまのことを心に想うと、阿弥陀さまは自ら我々の心の中に入ってきてくださいます。

(本多将敬)


本堂内部のプロポーションは、仏さまの大きさとの比例配分により、幅9m、高さ4.6m奥行18mとしています。
型枠にムクの杉板を用いたコンクリート壁と格天井が、仏さまをお守りします。

(河原 泰)



村上清師作の阿弥陀三尊像と石踊達哉師作の仏後壁の青海波


ホールには善導大師が著した観無量寿経の注釈書『観無量寿経疏』に説かれる二河白道を描いた絵画が掛けられています。
信を得て浄土に往生する行者のすがたが喩えられており、既製の二河白道を見ていない日本画家石踊達哉師が、経典の書き下ろしと簡単な解釈を基にイメージを膨らませて完成させたもので、今までにない全く新しい二河白道となりました。

(本多将敬)



客殿のロビーに掛かる日本画家 石踊達哉氏による二河白道


ロビーには天空光が降り注ぎ、本堂の杉板型枠コンクリート壁をやさしく照らし出します。この場所は、光を柔らかく受け止めるように気をくばりました。ロビーの柱や壁は、ピシャン叩きの上に、ノミで丁寧に横波をつけています。上階の木造部分は珪藻土の横目櫛引で仕上げています。これらすべての材料の横波が、上からの光により微妙に陰りをつくりだし、硬いコンクリートも柔らかい表情に変化します。

(河原 泰)



上からの光を柔らかく受け止め表情を作り出すロビー


法然上人は「月のかげのいたらぬさとはなけれども ながむる人の心にぞすむ」と詠まれていますが、いつでもどこでも照らしてくださる阿弥陀さまの「光」の存在に感謝して、お念仏をお称えして参りたいと思います。

(本多将敬)









2019年10月01日

景色になじむ ~コンクリートの建物を木で覆う混構造~

深い緑に覆われた山寺。この場所を訪れた際の第一印象です。
都心にほど近い市川においてここは別世界でした。そして、この山寺の雰囲気は必ず残すと心に決めて設計にかかりました。

まずは、できるだけ樹を切らずに緑を残すことができるように建物を配置。さらに樹々の間から、ちらっと建物がのぞくようなバランスを求めて、面の大きさと屋根の高さを決めました。

山寺の雰囲気には、建物の構造も重要です。やはり木の柱がなじむだろうと思い、恒久的な耐久性と両立するように、鉄筋コンクリート造と木造の混構造としました。     

(河原 泰)



周辺緑になじむ竣工した本堂



旧本堂の写真


コンクリートの建物を木の建物で覆う

この建物は、鼠小僧の墓がある両国回向院の別院である。明暦の大火による死者のために、徳川家綱の命で建立された回向院は、その後も度重なる火災に見舞われ、幾度となく存亡の危機を迎えた。ゆえに両国の本院は、戦災の後、RC造の現代的な建物に建て替えられており、別院の建て替えに際しても、本院と同じように、ご本尊をコンクリートで守ることが求められた。
しかし、江戸川のほとり、市川市国府台のこの別院の境内には、都心にほど近い場所とは思えないほど豊かな自然が残されていた。昭和初期に建てられた旧本堂の木造建物は、周囲の緑の中にひっそり見え隠れして、どこかほっとするたたずまいであった。この貴重な
景観を壊したくないという思いから、コンクリートの本堂を木造の建物ですっぽり覆ってしまうことを提案した。

蓄熱容量が大きいコンクリート造を木造の緩衝帯でくるむことは、熱環境的に有効であり、木造の耐震コアとしてコンクリート造を使えることは、構造的にも合理性があった。住職も大いに納得してくれたが、時悪く構造計算適合性判定制度がスタートし、コンクリート造を木造ですっぽり覆うという特殊な形式の混構造は、基準書にも大臣プログラムにものっからず、適合しているかどうか判断できないとされて、暗礁に乗り上げることとなった。判定員に納得してもらうまでの計算書作成のやりとりが続き、工事着工までに半年の停滞を強いられ、事務所経営的にも精神的にも大きな損害を受けた。

この苦難を乗り越えようやく実現した建物を遠目からみると、まるっきり木造の姿でまわりの樹々となじんでいる。檀家へのお披露目の落慶式では、「昔からこの地に建っていたようだ」とのお言葉を頂き、その時ようやく、あきらめずに、この構造形式に固執した甲斐があったと感じ入ることができた。

コンクリートにかぶさる木造屋根は、仏教寺院のならいに従い、ご本尊の上がもっとも高くなるようにしているが、これもなだらかな丘状にして、あまり主張せず、ひかえめにランドスケープの一部となることを目指した。



コンクリートの本堂を覆う木造の外周・屋根


この建物は、木とコンクリートが組み合わさった混構造です。
阿弥陀さまを大切に守る本堂部分は、火災に強いコンクリート壁式構造とし、その周囲は景色となじむように木造としました。

コンクリート部分が地震に強いため、木造の外周部は、筋交いを入れる必要がなく、すべてを豊な自然にむかって開け放つことができました。屋根は空との境界がやさしく見えるように阿弥陀さまを頂点とした3次元のむくりをつけています。

(河原 泰)



コンクリートの本堂を覆う木造のダイヤグラム



木で屋根に3次元のむくりをつけている(構造検査時の写真)


本堂断面図







2019年10月01日

真・行・草の庭園

庭園はランドスケープデザインの田嶋豊師の手によります。

本堂の前を「真」、信徒会館から見える景色を「行」、一言観音堂廻りを「草」としてデザインされています。


雲形の苔に、桔梗が点在する「行」の庭は、阿弥陀さまが来迎の際に乗ってこられる、紫雲を表しています。



本堂正面「真」の庭園


信徒会館からの「行」の庭園


一言観音堂廻りの「草」の庭園






2019年10月01日

108本のぼんのう柱

浄土宗のご本尊は阿弥陀如来で大宇宙最高の仏である。
壇信徒は、本堂の中で、阿弥陀如来が支配する世界、すなわち「極楽浄土」を垣間見ることにより、救いを求めて「南無阿弥陀仏」と念仏を唱える。阿弥陀如来は、またの名を無量光仏とも呼ばれ、無限の光を放つ仏である。まさに後光が挿していて、その光で信徒の不浄な物を洗い流してくれるのである。



本堂の阿弥陀如来


不浄とはすなわち煩悩である。
ここでは、壇信徒からの寄進の証である木の柱(塔婆)を、外周の木造部から本堂に流れ込んでくるように、煩悩の数である108 本建立した。このぼんのう柱は、「阿弥陀如来の光によって滅しられ、天空の星となって極楽往生する」という物語で説明される。

本堂には床下空間を設けており、柱は下から床を貫通するように建てている。床には、冷温水の配管をはりめぐらしていて、床下に送り込まれた空気は、空調されてぼんのう柱の根本からあがってくるようにしている。また柱の根本には、調光できるLED のスポットライトを仕込んでいて、読経や堂内の催しにあわせて、ぼんのう柱が徐々に炊き上げられる演出を行っている。

この本堂は、これまで明確に区分されていた内陣と外陣の空間を一体化して、単純なシューボックス型としている。
堂内の仕上げも、内陣と外陣との一体化を強く意識して、すべてコンクリート打放し仕上げとしている。同様に空間上部も内陣と外陣を区分せずに、全体を極楽浄土の宇宙表現である奥深い格子梁で覆っている。これらは、本堂全体で御仏の力を感じてもらおうと意図したためである。これまで外陣に座る参詣者は、阿弥陀如来を遠くから眺めるような形式であったのが、この本堂では、阿弥陀如来の世界に入り、そのご加護に包まれることとなる。

また、単純な箱の形や打放し仕上げ、奥深い格子梁は、堂内に豊かな響きをもたらしている。
堂内の読経は、コンサートホールでレチタティーヴォを聞いているような感覚になるはずである。



108本のぼんのう柱







2019年10月01日

省エネ

この建物は、エネルギーをできるだけ使わずに、すごせるよう考えています。
トップライトや窓からの光で、照明はほとんど必要ありません。屋根を大きく張り出すことによって、陽射しを遮っているため、エアコンも最小限ゆるやかに吹くだけですみます。


大きく張り出した屋根とトップライトからの光


庭園の自然を通して緩やかな風と光が建物内部に届く


とくに本堂の空調は、大きな機械に頼らないようにしました。蓄熱効果の高い石の床には、冷温水をめぐらして輻射式冷暖房としています。また床下で暖められた空気は、108本の柱の下部からあがってくる仕掛けとなっています。

(河原 泰)


本堂の断面図 エネルギーをできるだけ使わずすむよう検討を行った



本堂床下に輻射式冷暖房を建設している



LEDやHF蛍光灯などの高効率、長寿命の照明器具を間接的に用いる工夫により、柔らかくライティング







2019年10月01日

新たな形式の要望 ~感じる寺院への展開~

仏教離れが進む中で、新たな信徒の獲得に向けて、寺院は開かれていく傾向にある。また機能的にも、座式から椅子式に変わり、木造からRC造に変わる寺院が増えている。

今、仏教建築、とりわけその中でも重要な位置づけにある本堂は、大きな変革の時期を迎えているのである。

さて新たな本堂のあり方として、「開かれた」というお題目は決まっているが、これはガラス張りの建築にして見た目に入りやすくすればよいというような単純なことではない。前述したように、本堂はご本尊が支配する空間であり、天平時代からさまざまな変遷を経ながらも脈々と受け継がれてきた形式が存在する。開かれた寺の活動とは、檀家以外の参詣者を本堂に招くことであり、本堂において御仏の力を感じてもらうことである。したがって本堂においては、読経会や雅楽の演奏、舞などのさまざまな催しが開かれる。

新たな本堂の形式は、受け継がれてきた形式の延長にあって、かつ開かれた寺の活動をサポートすることが求められているのである。

浄土系の本堂とは、もともとご本尊が安置されているだけの建物で、平等院鳳凰堂に見られるように本堂の建物自体が極楽浄土の空間であった。したがって参詣者は外からご本尊を拝んでいたのだが、その後多くの人が同時に参詣しても雨に濡れないようにするため、本堂の形式はそのままに、外に向拝の大きな庇を加えることとなった。さらにその後、一般信徒も本堂内でお経を聞いたり、念仏を唱えることができるようにするため、外部であった参詣者の場所を堂内に移して外陣と呼び、ご本尊を中心とした極楽浄土の空間を内陣と呼ぶようになった。内陣と外陣との間には結界が置かれ、内陣を外から見るという形式は崩さずに、参詣者の場所を内部化したのである。


現在、開かれた活動として、本堂内では僧侶による雅楽の演奏、舞などが催されている。それらは、僧侶から参詣者に向けて発せられるものであり、本来、舞台は内陣、鑑賞席は外陣に位置しなければならない。しかし、旧来の形式の本堂では、内陣は舞台としての機能を備えておらず、そのためイベント時に急場ごしらえで、外陣に畳を敷いて舞台とするなどの方法がとられている。

しかし、この方法だと舞台と鑑賞者は一体となるが、肝心のご本尊が離れた別の空間に位置することになり、御仏の力を感じてもらうという目的が薄れてしまうという課題があった。

この本堂では、開かれた寺の活動をサポートする新たな形式として、外陣を内陣の空間と一体化することにした。

そもそも浄土系の寺院では、平等院や善光寺などのように内陣に一般参詣者を招き入れて、御仏の力を空間で感じられるような拝観方法をとるところもあり、すでに内陣と外陣の空間が一体化した本堂をもつ寺院も少なからず存在している。旧来の本堂の形式をないがしろにして、多目的ホール化しただけではないかという批判めいた声もあるが、歴史の中で徐々に徐々に参詣者に開かれることで、内陣に近づいて行った外陣が、とうとう空間的に内陣と一体化するという形式の進化であるととらえることもできると思う。

回向院は、元来有縁無縁にかかわらず誰でも受け入れる「開かれた寺」である。
両国の本院やその他の別院では、旧来の形式の本堂をなんとか活用して、読経だけでなく、雅楽の演奏や舞、さらにはバイオリン演奏などを催し、檀家のみならず地域の人々にも楽しんでもらっている。したがって、この建物の本堂においては当初より多目的ホールとしての機能も求められていた。ここでは、内陣と外陣の空間を一体化するとともに、内陣床下に畳を仕込み、外陣側に引き出すことによって、舞台を拡張できるようにしている。ホール並みの音響設備や照明吊ものも極楽浄土の宇宙観を損なわないように、慎重に隠しながら配備している。

そして舞台における催しは、教義に則った演出がなされている。
たとえば雅楽の催しにおいては、演奏の盛り上がりと相乗して阿弥陀如来がさらなる光を放ち、ぼんのう柱がゆっくりと炊き上げられ、光に染まると同時に天空に星が瞬きだすといった具合に、阿弥陀如来の力やはたらきの意義が、空間を通じて感じられるのである。


本堂でコンサートが開かれる様子


このような演出は、旧来の形式から展開し、内陣に外陣が取り込まれるようになって、はじめて可能となったことである。

仏教界の中で、さまざまな議論を呼ぶことは覚悟の上で、新しい形式に踏み込んでみただけの価値はあったと思っている。







2019年10月01日

「念」 ~祈り~

宗祖法然上人800年大遠忌慶讃事業として着工することが決まっていた新念仏堂は、法然上人の教えを後世に伝え、信徒が集まって念仏を唱える場として計画されました。おりしも計画初期段階において、東日本大震災が発生し、この場所の「念」には随所に深い祈りがこめられるようになりました。

深い祈りを込める御堂建築を考えるに当たり、古式豊かな艶やかなる技法による寺院に憬れる一方で、「寺院とは何か」という、僧侶としてお寺を護持していく上で一生の命題となるであろう疑問に突き当たりました。

回答が一つでないことはもちろんですが、寺院は少しでも極楽浄土を垣間見る空間、行き交う人々がふっと心を落ち着ける空間、雑念から解き放たれ自分自身を顧みる空間でありたいと考えました。東京という地において、ビルの谷間の限られた敷地を使い、これらの願いを具現化しようとするためには、やはり釈尊の教えに基づかなければならないでしょう。

新念仏堂の建築に当たっても、大きな柱に浄土三部経の一つである『観無量寿経』(以下『観経』という)を置きました。『観経』には「仏や浄土の観想」と「浄土往生の為の様々な行業と往生の仕方」に大別される十六の観法が説かれており、極楽浄土を観想しようとする寺院建築に正しく当てはまると考えたからです。

その「仏や浄土の観想」、特に「浄土の観想」は、十六の観法のうち最初の七つの観からなります。

第一観 日想観・・・太陽の日没時の観想。
第二観 水想観・・・水から氷、瑠璃への観想。
第三観 宝地観・・・地の観想 

(ここまでで、「ほぼ極楽国の地を見る」と名付けられています。)

第四観 宝樹観・・・樹の観想。
第五観 宝池観・・・八種の功徳のある水の観想。
第六観 宝楼観・・・総合的な観想。 

(ここまでで、「ほぼ極楽世界の宝樹宝地宝池を見る」と名付けられ、ひとまず極楽世界の情景の観想が完成されています。)

第七観 華座観・・・以降の第八観以降に仏菩薩の観想を説く上での導線。

この七つの観法をキーワードに、念仏堂の各フロアーを見てみたいと思います。







2019年10月01日

「日想観」 屋上庭園と花塚

明暦3年(1657年3月)に、江戸時代最大といわれる明暦の大火(振袖火事)により、10万人以上の尊い人命が奪われました。
この災害により亡くなられた無縁の人々の亡骸を手厚く葬るようにと、「万人塚」という墳墓が設けられ、無縁仏の冥福に祈りをささげる大法要が執り行われました。このときお念仏を行じる御堂が建てられましたが、これが回向院の歴史の始まりです。回向院の理念は、「有縁・無縁に関わらず、人・動物に関わらず、生あるすべてのものへの仏の慈悲を説くもの」として現在までも守られています。


計画した屋上庭園のパース


平成23年3月11日に発生した東日本大震災では、355年前に発生した明暦の大火を想起させるかのごとく、突如として多くの人々の命が奪われ、身元や身寄りの分からない方が現在でも沢山いらっしゃいます。新念仏堂の屋上には、創建当初の万人塚をモチーフにした花塚が竹林の中に設けられ、多くの無縁仏の魂を鎮め、祈りをささげる場になっています。



創建当初の万人塚をモチーフにした花塚


こうした花塚には、庭園の西側にあり、「日想観」を想起させる造りを意識しました。
「日想観」は、すべての観想に通じる基本的な修行として、日没を観じ正しく西方に向かって観想することが説かれています。
春秋の彼岸の中日における日没の方向を知り、この観想によって己の罪業を知り、極楽浄土に満ち満ちている光明がいかに明るく輝いているかを推量してください。

日没の太陽の清浄な荘厳さの観想により、罪悪にまみれた凡夫の卑小さに対する極楽世界の超越性が感じられるでしょう。無縁仏に祈りを奉げる中で、生命の尊さを改めて感じ、生きる力を頂いて、一日一日を大事に生活していきたいと思います。

水色の花はネモフィラで、花言葉は「清々しい心」「私はあなたを許す」です。



竹林の屋上庭園







2019年10月01日

「水想観」「宝地観」 浄土の滝に囲まれた祈りの間

2階は、千住博画伯による「浄土の滝」が描かれた襖で囲まれています。
アメリカの平成13年9月11日に起きた同時多発テロ事件の被災地であるグラウンド・ゼロには、悲しみを浄化する滝がしつらえられていますが、本堂においては千住画伯の滝が心を浄化してくれます。


千住博画伯の浄土の滝


「水想観」では、極楽浄土の大地が限りなく拡がる水平の様相を持っていることを推量し、次に氷想によって固く透明である大地の様相を推量します。水の入れ物を身体とすれば、中の水は対象を移して揺れ動く心、物を投じて生ずる波は乱想の煩悩、波が次第におさまって静止することは精神統一に努めて心が一所に集中してゆくことが説かれます。水から氷、瑠璃の観想へと進むのが水想観ですが、『観経』で瑠璃は極楽の大地をさします。

この水想観を持続させることで三昧状態に至ることが宝地観です。
「宝地観」の終わりには、八十億劫の間生死を繰り返す罪が除かれ、この身を捨てて来生に必ず浄土に生まれると記されておりますが、畳に座り、静かにじっくり襖を見ていると、この「浄土の滝」と外回廊に見える竹林とがあいまって、あらゆる苦しみ・悲しみ・罪が滅せられ、心穏やかに極楽浄土の地に居るかの錯覚が感じ、極楽の大地の片鱗が観想されることでしょう。




祈りの間は千住画伯の襖により、4つの部屋に仕切ることができます。西側の床の間がある部屋には、炉も切られており、本格的な茶室としても使用できます。







2019年10月01日

「宝樹観」「宝池観」 空中の竹林庭園と念仏回廊

都心に近接し、ビルの高層化が進みつつある両国において、お寺の境内は、貴重なオアシスともいえるでしょう。
しかし、境内地も戦前と比べれば小さくなり、一般に公開する庭園と呼べるようなスペースもなく、都会のオアシスとして機能するためにも緑豊かな庭園スペースが必要であると考えていました。

また念仏堂としての設えとしても、念仏を唱える心構えとして法然上人が「一枚起請文」において三心をあげられたように、念仏を唱える環境として、俗世を引きずることなく、すんなり無心無我となれる心を落ち着かせる環境が必要であると思い、建築家の河原泰先生に相談したところ、参道の竹と連続するような竹林庭園を設けることをご提案いただきました。しかも、地面と接するところは、境内地としての広がりが必要なので、上空に浮遊する空中の竹林庭園にするという提案であったため、庭園が地面と切り離されていることによって、より俗世とは切り離された心落ち着く場となるのではないかと考えました。



回向院 念仏堂 外観


建物の2・3階には、この竹林の中を通り抜けるように回廊が巡っています。
この回廊は念仏回廊と称し、歩きながらでも念仏を唱えられる場所です。河原先生の案は、スワロフスキーの念珠が竹とともに林立する空中庭園です。数珠と同様に1本につき108珠あり、50本以上あるため、この回廊の念珠の数だけ念仏を唱えながら2階から3階にかけてぐるっと巡れば、1万遍の念仏を唱えられることとなります。1本ごとに親玉が1つあり、その中には回向院にいらっしゃる様々な尊像が描かれています。



竹林の回廊とスワロフスキーの念珠による空中庭園


「宝樹観」によると、宝樹は完全無欠な清浄を保っており、阿弥陀仏が国土厳飾の本願を成就した時に同時に存在したものとされ、育ったり枯れたりするものではなく、樹の一部一部の観想から天童子や光明まで逐次観じて明瞭ならしめるとされています。

極楽浄土にある七宝からなる樹のことを、七重宝樹と言いますが、スワロフスキーの念珠が外光に照らされて光る様々な色の輝きは、まさに七宝と重なるのではと思います。また、八つの功徳をもった水を湛えている宝池を想う「宝池観」では、池には煩悩を滅し尽くした姿を現す金剛石がひかれ、諸仏が説き給うあらゆる教法を説く水音や百宝色の鳥を想うとされます。二階の回廊から見られる「浄土の滝」と相まって、水音や鳥のさえずりが聞こえてきても不思議ではないように思えます。












2019年10月01日

「宝楼観」 天井画に見守られた堂内(外陣)

堂内スペースには河原先生によるブラックステンレスの格天井の中に、石踊達哉画伯による天井画が備えられ、娑婆世界の美が集約された四季折々の鮮やかな模様が浮かび上がっています。あたかも極楽浄土の美が垣間見られるようで、心を定め、「み仏さま」に向かい念仏するに相応しい香りを漂わせています。

御仏様を正面に、左側から1列目に「紅葉」「蓮華」「遠山桜」、2列目に「椿」が、3列目に「秋月」「燕子花」「紅白梅」、4列目に「飛翔」が飾られています。



堂内の格天井



左上から順に「紅葉」「蓮華」「遠山桜」「椿」「秋月」「燕子花」「紅白梅」「飛翔」


壁面には、寺宝である書家殿村藍田師の屏風が飾られています。屏風には竹が墨で描かれていますが、回廊の竹からの連続性により、今までの観想が集約された「宝楼観」を行じるに適した空間であろうと思います。

「宝楼観」では、数え切れない程の無数の宝楼を観じ、この観想により、数限りない昔から今に至るまで犯してきた重い罪業が除かれて清浄な身体となるとされます。一つ一つの絵にそれぞれの宝楼が顕在しているようにも見て取れるでしょう。









2019年10月01日

「華座観」 金色に輝く内陣

内陣の天井は、金色のスワロフスキーの天蓋で覆われ、その光輝く様は七宝の光を彷彿させます。
華座観は深遠な教えであり、肝要な教えです。罪業に纏わりつかれている人々を救う為に阿弥陀仏は立ったままで急ぎ現れ、限りなく長い過去から今に至るまでの生死の罪が滅せられると説かれます。

右側の壁面には書家柳田泰山師による『無量寿経』の一文「天下和順 日月清明 風雨以時 災厲不起国豊民安 兵戈無用 崇徳興仁 務修礼譲」が掛けられる予定です。

「(仏の赴くところは)天下は泰平となり、太陽も月も清らかに輝き、時季よく雨が降り風が吹き、災害や疫病も起こらない。国は豊かに栄え、民の暮らしは安らかとなり、武力を行使することもない。(人々は)他人の善いところを尊び、互いに思いやりながら、つとめて礼儀正しく振る舞い、また譲り合うのである。(解釈「浄土宗ホームページ」抜粋)」

回向院は、無縁寺として天災地変等で亡くなった多くの生命を供養してきました。天災地変は避けたくとも避けられないのかも知れませんが、切に願い祈ることは、正しく天下和順の一文に込められています。お釈迦様の御言葉にある「生きとし生けるすべてのものは、皆、幸せであれ。」無縁仏の供養を続けるなかで、より一層心に響くお言葉であります。










2019年10月01日

空中の竹林庭園と念仏回廊

極楽浄土の七宝樹林の曼陀羅図とスワロフスキーの念珠

都心に近接し、ビルの高層化が進みつつある両国において、回向院の境内地は、貴重なオアシスとしてこれまで以上に存在価値の高い場所となると思われる。しかし、境内地も戦前と比べれば小さくなっており、参道沿いに竹が列植されているものの、一般に公開する庭園と呼べるようなスペースはなく、都会のオアシスと呼ぶにふさわしい緑豊かな庭園スペースが望まれるところである。


また念仏堂としての設えとしても、念仏を唱える心構えとして法然上人が「一枚起請文」において三心をあげられたように、念仏を唱える環境として、俗世を引きずることなく、すんなり無心無我となれる心を落ち着かせる環境が必要であると思い、参道の竹と連続するような竹林庭園を設けることとした。地面と接するところは、境内地としての広がりが必要なので、上空に浮遊する空中の竹林庭園としている。庭園が地面と切り離されていることによって、より俗世とは切り離された心落ち着く場となるのではないかと思われる。


建物の2・3階には、この竹林の中を通り抜けるように、外部回廊が巡らせている。この回廊は念仏回廊と称し、歩きながらでも念仏を唱えられる場となるような位置付けである。空中の竹林庭園は、「無量寿経」に著されている極楽浄土の七宝林を模し、スワロフスキーの念珠が竹とともに林立する庭園としている。このスワロフスキーの念珠は、数珠と同様に1本につき108珠あり、50本以上あるため、この回廊の念珠の数だけ念仏を唱えながら2階から3階にかけてぐるっと巡れば、1万遍の念仏を唱えられることとなる。



極楽浄土の七宝樹林の曼陀羅図とスワロフスキーの念珠



空中の竹林庭園





2019年10月01日

ビルの谷間に貴重なオアシスをつくる ~立体的にお堂を積み重ねる~

場を積み重ねて空地を確保する

両国の京葉道路沿いにある名刹、回向院の境内地における堂宇群の建替えである。
求められたのは3つの場、すなわち僧侶や壇信徒が念仏修行を行う場および寺宝や過去帳を収蔵する場(=念仏堂)、壇信徒の控室であり交流の場(=客殿)、寺院の会計事務を司る場、経典や仏教の書物を収蔵・学習する場および修行中の僧侶が寝泊まりする場(=寺務所・書院・僧坊)である。


改修前の境内の様子 旧念仏堂と客殿が参道ぎりぎりに建っていた



行事があると参道は、車で埋まってしまっていた


これらの場は、別々の建物として元々この地に存在していた。
建物配置を考えた場合、それぞれ利用者が異なることから、既存の建物がそうであったように、外部から直接入れるようにすることが望ましい。しかし新たに要求された各々の場の面積は既存の1.5~2倍の大きさとなり、オーソドックスな伽藍を形成するように平面的に配置すると、ただでさえ狭い境内地の中に空地がほとんどなくなってしまうことになってしまうこととなる。

そこで、われわれは、堂宇が平面的に広がる利便性よりも、ビルの谷間にかろうじて残された空地を広げて、貴重なオアシスとして存続することのほうが重要であると考え、建築面積を抑えるために3つの場を立体的に積み重ね、参道を拡幅して広場とすることを提案した。



念仏堂の配置図



新念仏堂は参道に対して建物をセットバックし、かつピロティとして開放している



参道から続くオアシスとなる緑


外回廊で巡る立体伽藍

3つの場は性格が異なるため、それぞれの場に応じて構造形式を立体的に変えている。
遮音や防犯・防火の観点から周囲と隔離する必要がある念仏堂は、分厚いコンクリートの壁式構造として外部環境との遮断を図っている。一方、壇信徒が立ち寄りやすく、憩いの場所とする必要がある客殿は、周囲を大胆に開放した鉄骨造として外部環境との一体化を図っている。秘匿を守りつつも執務空間、居住空間としての開放性が求められる寺務所・書院・僧坊は、フィーレンデールを形成するブレース鉄骨造として居室に適した開口を壁に穿っている。

これらの立体的に重ねられた3つの場は、建物内部ではつながっていない。それぞれの場には、伽藍配置の堂宇と同じように屋外の回廊を通って出入りすることとしている。回廊が建物全体を巡り、立体伽藍を形成しているのである。








2019年10月01日

天空の極楽浄土

境内が都会のオアシスとなるべく、積み重ねることにより生みだした空地に積極的に庭園をつくりたいところであるが、1階に配置した念仏堂の前面は、行事や葬儀に対応するため、広場としておく必要があった。そこで建物全体が立体伽藍であることから、屋外回廊が巡る場所は境内地の延長と位置付け、広場の上に空中庭園を設けて参道とつながる竹を植えることとした。



竹林には七宝樹林に見立てた数珠柱が林立し、七色のプリズムを発する


空中庭園の竹林の中を通りぬける屋外回廊を念仏回廊と呼んでいる。回向院が属する浄土宗の宗祖法然上人は、念仏を唱えることで誰もが極楽浄土に行けると説いた。したがって僧侶や壇信徒は、歩きながらでも念仏を唱え、数珠を繰りながら何回念仏を唱えたか数えるのである。この念仏回廊には数珠に見立てた108個のスワロフスキーの珠が連なる宝樹を、竹林の中に54本混在させている。珠の数だけ念仏を唱えながら、回廊をぐるりと巡ると千念仏行を行ったことになるのである。大般若経には、「極楽浄土は七宝樹林に囲まれ、虹色に光輝けり…」と説かれている。この念仏回廊では、珠を数えながら念仏を唱えると、スワロフスキーのプリズムの輝きによる極楽浄土の世界が垣間見えるという設えになっている。



108個のスワロフスキーが連なり、数珠柱を形成する。数珠の中には仏像がレーザーで立体的に彫り込まれている


この竹林は、植物と工芸、そして建物によってつくられた極楽浄土である。建物と工芸だけではわざとらしいし、建物と植物だけでは物足りない。混在することによって生まれる非日常の世界観である。

建物を取り囲む竹林は、壇信徒のみならず、参拝に訪れる人や地域の人、さらにはビルの中で働く人々にも、都会における貴重な緑のオアシスを提供する。念仏回廊は、常時開放されており、自由に訪れることができる。ここを訪れる人は、客殿の中に一歩足を踏み入れれば、ここが東京の幹線道路に面するビルの谷間であることを忘れるほどの清涼なる憩いを得るはずである。



スワロフスキーのプリズムが信徒会館内に挿しこんでくる



竹と滝と七色のプリズムで表現する極楽浄土の世界






2019年10月01日

設備計画 回向院念仏堂

省エネ化を図るにあたり、本計画においては、常時使用する部屋が3階の一部にしかないため、元々エネルギー消費に安定性を欠きかつエネルギー使用量が少ない建物であることを鑑み、太陽や風力などの代替エネルギーの活用を図るよりもむしろできるだけ設備を使わないですむ建物とすることを目標とする。

一般的な建物においてエネルギー消費量の高い設備は、照明、熱源(空調・換気)、コンセントであるが、照明についてはできるだけエネルギー消費量の小さいLED照明等を採用し、開口部を設けることができる室については、自然採光を活用することにより、晴天時は照明を点灯しなくてもよい計画とする。

熱源機器については、給湯の必要な箇所が3階の宿泊室だけであり、大規模なボイラーを必要としないため、ほとんどが空調用のヒートポンプのエネルギーとなる。

今回の建物は、まずは南側および西側の熱負荷を抑えて、空調を使用しなくてもよい環境をつくることにより、熱源機器の省エネを図ることによる。熱源の種類としては、本建物の空調がほとんど部屋単位の個別制御となり、ハンドリングのよいシステムが求められ、また活用できる敷地も限られるため、本堂と同様に電気ヒートポンプ方式を採用することとする。

電気設備や給排水設備については、既存念仏堂からの改修となる。それぞれの設備容量が大きくならないようして、受変電設備や既設の土中給水・排水管等の大規模改修が必要とならないように配慮する。また音響設備や防犯設備、照明や空調の集中制御は、本堂と連携できるようにする。

なお、本建物の特徴である竹林庭園や屋上庭園の散水は、雨水を建物の地下に貯留し、循環利用する。








2019年10月01日

構造計画 ~EV塔を利用して客殿に開放感~

1階はご本尊を安置し、美術品等を収蔵するために、耐火性能に優れた壁で閉じた建物、2階は、庫裏と相対する南側は閉じつつも、東側・北側は竹林庭園と一体となるために壁をなくした、壁側と開口側がはっきりわかれる建物、3階は良好な居室環
境を確保するために、必要に応じて大きな窓を設ける壁と開口が混在する建物というように、この建物は階によって外部環境との関わり方が大きく異なる。

建物の計画は、空間形成と構造とを分けて考えて、構造はどのような空間にも対応できるように柱梁のラーメン構造などで構成する方法と空間形成と一体となって適材適所に構造を使い分け、合理的に一体化する方法とがある。

例えば、マンションやオフィスビル等ではラーメン構造でつくり、仕上げの間仕切り等によって、部屋の大きさや間取りを変化させる方法をとることが多い。このスケルトンインフィルという手法は、将来の部屋の間取り変更や一部だけの改修を容易にする反面、構造と空間形成をまるっきり切り離すため、空間形成に構造上の制約が生じたり、間仕切壁を構造的な耐力要素として使えないため、柱梁が大きくなったりする。

今回は、将来的に用途変更等を考えにくい寺院の建物であることや、南北方向の敷地の幅に制約があるため、できるだけ空間と構造との融合を図りたい建物であることから、空間形成と一体となって適材適所に構造を使い分け、合理的に一体化する方法を採用する。

今回建物の外部環境との関わり方を空間形成に反映させようとすると、建物の構造の考え方も、階ごとに分けて考えることとなる。


紫色の部分はS造のメーンフレーム、緑色の部分はサブフレーム、1FはRCでがっちり固めた


1階の念仏堂は、耐火性能に優れた壁で囲う必要があるため、壁の耐力を活かせる鉄筋コンクリート造とすることが合理的である。壁柱を用いて、堂内には柱型の出っ張りがでないようにする。

2・3階は、比較的開放的な空間としたいのと、特に2階は北側竹林に面して壁や柱を設けない大スパン構造としたいことから、軽量で自由度の高い空間がつくれる鉄骨造とする。2階の北側は、上部梁を3階の収納部を用いた1層分のフィーレンデールトラスとすることにより、13mの大スパン構造を実現する。また2・3階とも、空間的に必要な間仕切り壁部は、壁内ブレースを用いて積極的に耐力要素とし、鉄骨の柱・梁断面の軽減化を図る。

本建物にとって重要な要素である空中の竹林庭園は、その下を駐車場や屋外広場スペースとして自由に活用するため、無柱の片持ち張り出し(キャンティレバー)構造とする。4mの鉄筋コンクリートのキャンティレバーとなるため、コンクリートのクリープによるたわみ防止と、壁からの引張力強化のために、PC鋼線によるプレストレス緊張を行う。



ブレースで固めた南側の壁とエレベーターシャフト


検討の結果、構造のバランスを取るには南東の角に立つエレベーターシャフトが役に立つことが分かった。

通常、エレベーターシャフトは最低限の部材で作ることが多いが、ここでは1階を鉄骨鉄筋コンクリート造とし、2回以上のS造部分は部レースを入れるなどして固めて、地震時の水平力を受け持たせた。



EV部分の耐震壁と庇を支えない回廊のルーズホールの柱


回廊部分でも大きな検討が行われた。1つは、2階と3回に並ぶ直径76.3mmの丸柱である。
回廊部分だけを受け取るためのものとはいえ、細すぎる印象がある。

実はこの柱、3回上部にある屋根庇とは構造的に縁が切ってある。つまり、屋根庇は片持ち構造で、丸柱は3階回廊の鉛直荷重を受けているだけだ。それにより柱の負担を減らして細くした。

ガラス玉が連なる宝珠も、構造を考えるにあたり悩ませた。
これは片持ちの屋根庇と空中庭園のRC庇を引っ張り合う形となる。その力は1960N。

宝珠は施工の最終段階で取付となるため、鉄骨の立て方時に同じ力が加わるように仮の引張材を入れて施工した。


日中は緑が印象的だが、日が暮れて室内に照明がともると、そうした構造面での格闘の成果が浮かび上がる。
日が暮れて照明がつくと、外からも2~3階の壁の少なさが分かる。中央のEVは左の本堂と共有しており、空中回廊は2階、3階ともにわずかに傾斜している。



壁の少なさが際立つ夕景







2019年10月01日

竹とスワロフスキー

各堂宇をつなぐ立体的な回廊は、念仏回廊と呼んでいる。この計画の大きな目標は都会のオアシスとなる参道や広場の拡張であり、念仏回廊にも参道沿いの既存の竹から連続するように竹を列植した。この念仏回廊は、僧侶や壇信徒が移動の際に必ず通行することとなるが、ちょっとした設えを加えている。浄土宗の宗祖法然上人は、念仏を唱えることで誰でも極楽浄土に行けると説いた。したがって僧侶や壇信徒は、歩きながらでも念仏を唱え、数珠を繰りながら何回念仏を唱えたか数えるのである。

この念仏回廊には数珠に見立てた108 個のスワロフスキーの珠が連なる54 本の宝樹を竹林の中に混在させている。珠の数だけ念仏を唱えながら、回廊をぐるりと巡ると千念仏行を行ったことになるのである。

大般若経には、「極楽浄土は七宝樹林に囲まれ、虹色に光り輝きけり…」と説かれている。
この念仏回廊では、珠を数えながら、念仏を唱えるとスワロフスキーのプリズムの輝きによる極楽浄土が垣間見えるという設えとなっている。



竹林の中のスワロフスキーの宝樹


スワロ社とヨットのポール製作工場で試作を繰り返し、テンションをかけた状態で固定している。

親珠の中には回向院に存する40 体の仏像を立体スキャンしてレーザーで彫り込んである。






2019年10月01日

増築を行う際の法適用

全項により本堂の是正を行い増築ができる状態になった後、今度は増築部分の面積によって、新たな法適用を受けるので整理が必要である。

増築面積が46.52㎡以下の場合は、増築部の構造計算が必要なくなる等、もっとも簡便に増築できるが、15坪にも満たない増築面積のため、計画の目的をすべて満足させることは難しい。

増築面積が46.52㎡を超えて69.52㎡以下の場合は、増築部の構造計算が必要となるが、元来河原泰建築研究室では設計品質の確保の観点から、必ず構造計算を実施しているため、このことが制約条件とはならない。木造準耐火建築物とすることも可能であり、比較的自由度の高い設計ができるが、増築面積が21坪と限られるため、計画の目的をすべて満足させることは微妙である。

増築面積が69.52㎡を超えて465.14㎡以下の場合は、自動火災報知機や屋内消火栓の付設が求められるが、既存本堂にこれらの設備を付加するのは難しく、増築部分も耐火構造として設備の付設適用面積を2000㎡に広げて、設置しなくてもよいことにしたい。増築部分を耐火構造とするため、建築的な制限は発生するが、既存本堂もRC造であるため、増築部分もRC造とすれば問題ないといえる。この場合、計画の目的を達成するための面積制限はなくなることになる。

違反建築物から脱却するために、相当の費用をかけて是正を行うにもかかわらず、増築部分があまりに小さいと計画としてはアンバランスに感じる。今回は、面積の制限をほぼなくしたルートCの選択が望ましいと考える。







2019年10月01日

違反建築物からの脱却(増築を行う前の準備作業)

現在の本堂は、昭和50年5月29日に確認申請済証が発行され、建設工事を開始し、昭和51年12月5日に完成したものの、その際に完了検査が不合格となり、その後においても再度完了検査を受検することはなく、検査済証の発行を受けていない。

このことにより、法的には現在も本堂の建設が完了していないことになり、このような建物を使用することは違法である。さらに、その後昭和56年7月に確認申請を行うことなく納戸の増築を行ったことで本堂は違法建築物になってしまっている。

現在の建築基準法では、違反建築物に増築を行うことは許されていないため、まずは本堂を適法な建物に改修することが求められるが、昭和50年当時の法律と現在の法律は異なる部分も多く、特に構造躯体については耐震基準が何度も強化されているため、昭和50年当時の基準でつくっている場合、現行法規に照らすとコンクリート強度や鉄筋は明らかに不足することになる。

すべて現行法規に適合するように本堂を改修するのは難しいので、文京区役所と何度も折衝を行い、建物構造については耐震診断を行って、耐震強度を満たしていれば、必ずしも現行法規に適合していなくてもよい旨の回答を得たほか、防火・避難規定についても、EVを改修することを条件に基準を緩和してもらう旨の回答を得た。

以下において、増築を行うための本堂(違反建築物)の是正項目を列記する。



増築を行うための本堂(違反建築物)の是正項目






2019年10月01日

極楽水を用いた浄土庭園

宗慶寺の縁起は、この地に清泉があり、そのほとりに草庵を結んで「吉水」と呼んだことによる。
この吉水は後に極楽水と呼ばれ、その遺構が隣接するパークタワーに設えられている。

そもそも寺院は、ご本尊への信仰を結ぶ場所であり、山門の内側の寺院の境内は御仏様を祀る聖域として、浄土庭園などに代表されるように「極楽浄土」が垣間見える空間として設えられるのが常である。しかし、現在の宗慶寺は都心のお寺であるため、境内地が狭く、山門がないため、猫の額のような前庭は道路の延長のような印象を受けて、本堂が俗世と直に接しているような印象を受ける。

今回の計画では、極楽水を用いた浄土庭園をつくり、宗慶寺に境内地の聖域感をもたらそうと考えた。



平等院鳳凰堂 浄土庭園


今回の改修計画において、核となるのは壇書院の改築であり、それをどこに配置するかによって、本堂前の雰囲気が大きく変わることとなる。そこで、さまざまな配置方法の検討を行った。


浮き床案
現在の書院が建っている場所に、建物を持ち上げて、建物下部を極楽水とし、庭と一体となった浄土庭園をつくる案。パークタワーの緑とも一体となって、奥行きの深い庭園をつくることができる。持ちあげた建物で圧迫感が生じないようにしなければならない。

増築1階部分は西側の庭とつながる開放的なピロティとする。増築2階に壇信徒控室を設けて、庭と一体となったピロティの池を回廊で巡りながら控え室に至るようにする。増築3階に壇信徒塚と歴代住職墓本堂を設け、それぞれの場所には本道のEVでバリアフリーにつながるようにする。











2019年10月01日

建築基準法の用途にない施設 ~檀信徒塚~

壇信徒塚とは、継承者のいなくなってしまう檀家の仏をお寺が縁者に成り代わり永代供養するための合祀塚(墓)です。

一般的には永代供養墓(塚)とも呼ばれています。火葬された遺骨は、壇信徒塚内の納骨スペースに数年間骨壷のまま安置され、その後阿弥陀如来像に守られた地下のカロート(棺)に散骨埋葬されます。子供のいないご夫婦が申し込まれる場合も多く、先立った故人のお参りに、檀信徒塚を訪れる人がよく見かけられます。その場合は、外から檀信徒塚全体を拝むことになります。したがって壇信徒塚には毎日、誰からか花と線香が手向けられ、墓参に来たお檀家は、みな通り過ぎる時に手を合わせていくようになります。継承者がいなくなり、無縁墓になってしまうケースも多く見られる昨今において、死んでからも縁が生まれ、未来永劫寂しい思いをすることのない有縁塚と呼ばれる新しい埋葬スタイルのための施設(墓)が、壇信徒塚です。

壇信徒塚の概念をもとに施設が造られはじめたのは10年ぐらい前でしょうか。したがって、まだ建物の定型的な形が決まっていません。無縁塚から派生したモニュメンタルな屋外彫刻のようなものや、墳墓から派生した古墳のようなもの、小さなお堂ようなもの、大きなお墓のようなものなど、既存の檀信徒塚(永代供養墓)にはさまざまなタイプがあります。さらには、建築基準法も対応しておらず、墳墓と同様に適用外とされるか、納骨堂と同様に厳しい規制の適用を受けるかのどちらかを選択しないといけません。現在のほとんどの檀信徒塚(永代供養墓)は、納骨スペースを持ちつつも塚内への出入りを管理者に限定し、かつ面積を10㎡以内とすることにより、墳墓と同様に建築基準法適用外または確認申請対象外となっています。



さまざまな形の永代供養墓


求められるビルディングタイプとは

上述のように、檀信徒塚は全くビルディングタイプのない建物ですが、建物に求められていることは明確です。
まず湿気対策と換気を考えた納骨スペースが必要です。多くの永代供養墓を内覧しましたが、納骨堂が収蔵建物として機能的に建造されているのとは異なり、墓や塚の延長で造られている永代供養墓の納骨スペースはカビ臭くてたまりません。

つぎに散骨埋葬する場所が必要です。墳墓のようにカロートを埋めたり、建物の地下ピットを利用したりします。浄土とつながる神聖な場所なので、周りを荒らされないように、宗教的な意味もあわせもつ結界をつくります。さらには、拝む対象が必要となります。墓の石塔のようなものですが、多くの場合は、守護仏を祀って通りすがりの人にも拝んでもらい、新しい縁を築いていきます。

そしてもっとも求められることは、心理的なやすらぎをもたらすことで、檀家の誰からもそこに入りたい(納骨されたい)と思われるような弔いの心が込もった安心感のある建物とすることです。






2019年10月01日

格子棚で箱をつくり、土を込める

今回の建物について、お寺さんから求められたのは墓地の区画(約4m×8m)の範囲内に納めること、すでにお寺にあった阿弥陀如来像を設置すること、60棚以上の納骨スペースを確保することの3点で、どのような建物とするかは任せてもらいました。

壇信徒塚において人が入る内部空間は納骨スペースだけなので、納骨堂が建物の形になります。
お堂を造って中に棚をつくる方法が一般的ですが、今回は鉄板で箱棚をつくり、それを重ねて立体格子の建物構造としました。
1枡の箱は骨壷の大きさから決めた45cm×45cm×45cmです。箱を4列×5段重ねて1面とし、2.2m角のボックスとしました。



工場にて格子棚を作成する様子


筒抜けの箱を構造としたのは、必要性から求められる形で素直なビルディングタイプをつくりたかったことと、密閉されたカビ臭い納骨スペースとなることを避けたかったからです。

最初は宝物庫から着想して木箱とする方法や蔵から着想してしっくいや土蔵とすることを考えたのですが、筒抜けとなった鉄箱部分に調湿作用のある土を込めることで、不朽や耐火という永代供養のための必要条件も満たすことになり、より素直に求められるビルディングタイプに近づいたと思っています。



鉄板の格子棚に土を詰める様子



完成した檀信徒塚






2019年10月01日

鉄箱版築壁

計画当初より、調湿性や耐火性に優れ、安らぎを感じる土造りの建物は、納骨スペースに求められるビルディングタイプに近いと考えていました。そして、食物や宝物品のための蔵というイメージが強い荒土と漆喰で塗り固めた旧来の土蔵造りよりも、高松塚古墳にも見られるような古くから墳墓に用いられている版築造りのほうがよりふさわしいと考えていました。

しかし版築壁は厚みが50cmくらいないと成立しません。この厚みは納骨堂の必要スペースから考えると過剰に大きすぎます。

また永代供養墓である壇信徒塚において土がぽろぽろと徐々に崩れていくこともふさわしくありません。

セメントを混ぜて固めるという方法もありますが、それでは本来の調湿性や安らぎが損なわれてしまいます。
これらの課題に対し、筒抜けとなった鉄箱部分に土を込めるという方法は、土の厚みを抑えることができ、かつ崩れやすい角部を鉄板が守ることとなる画期的なアイデアだと思われました。早速、実現に向けて版築研究所の畑中久美子さんを介して久住有生左官に相談を持ちかけ、相性のよくない鉄と土の食いつきを補うための異形鉄筋ブレースの入れ方や、土を固める圧力のかけ方、型枠のつくり方などを細部にわたって話し合い、1枡分の鉄箱のモックアップで実証を行いました。

実証の結果、鉄箱内の壁の厚みは15cmで大丈夫でした。施工方法は箱の内側に型枠をはめ込み、外側から45×120の木材をせき板にして上から叩き込むように箱に土を詰めていきます。1枡で木材を3段積み重ね、最後は横から土を叩き込みます。こうして鉄箱の枠内に4層の版築壁をつくります。作業としては決して楽な方法ではないのですが、小分割であるため、風雨による崩れのおそれがないことや、施工状況が確認しやすいこと、土木的な作業となる従来の版築工事と比べて、少人数、小スペースでできることなどから、墓地内の作業としては適した方法であったのではないかと思っています。

鉄箱の中に土がぎゅっと詰まった様は、独特の安定感とやさしさが感じられ、調湿性や耐火性の獲得とともに、壇信徒塚に求められていることが、視覚的にもうまくあらわれています。



鉄箱による構造体とデッキプレートと鉄板による屋根



そこに土を詰めていく様子


墓地内で騒音を出すことははばかられるため、鉄箱はほとんど工場で製作し、墓地内では据え付けるだけとしました。設置場所は墓地の奥、中央通路の突き当たりです。通路正面は参拝対象となる阿弥陀如来像を祀ることとし、設置場所に奥行きがないため納骨スペースを2棟に分け、中央に向けて45度の角度で回転し、阿弥陀如来に守られるようにしました。

上部には建物全体を覆うように、4m×8mの屋根を架けています。墓や塚の延長で造られているこれまでの壇信徒塚には、屋根と認められる形態がありません。したがって屋根については、その必要性や大きさ形状をかなり迷い、お寺さんも交えてスタディを繰り返しました。

最終的には、阿弥陀如来像に天蓋を設けた方が良いという考えに至り、それであれば納骨スペースも阿弥陀如来の傘の下に入れてもらって守ってもらったほうがよいだろうと思い、佛天蓋に見立てた屋根としました。天蓋(傘)であるため、鉄箱から33mmの丸鋼で浮かぶように支えています。屋根自体はデッキプレートを4.5mmの鉄板でサンドイッチすることで平面剛性を確保し、最大2mの張り出しに対し59mmの薄さとして、傘であることを強調しています。



完成した檀信徒塚 鉄箱から浮かぶ佛天蓋






2019年10月01日

結界としての水盤と彼岸桜

納骨スペースの足元は彼岸との結界として、砕石敷きの水盤を設けています。
散骨するためのカロートは、阿弥陀如来像の後ろ、方位でいえば西側に設置することで、西方極楽浄土に召された遺骨の仏様との結びつきの深い場所に埋葬することとなります。

カロートの上には彼岸桜を植樹し、思想的な場所性をあらわすとともに、もっとも参拝が多い彼岸の時期に花を咲かせることで、阿弥陀如来の光背としての役割を担います。



結界としての水盤



場所性をあらわす彼岸桜






2019年10月01日

法規 ~EVの敷設と渡り廊下による接続~

現行法規の適用を受ける本堂との接続(同一棟の増築)

現在の建築基準法における耐震基準は、1978 年の宮城県沖地震の被害分析に基づいて1981 年に改定され、これ以前のものを旧耐震、これ以降のものを新耐震とよんでいる。1995 年の阪神・淡路大震災で旧耐震の建物に崩壊・倒壊などの大きな被害が集中したことから、耐震改修の必要性が認識され、建築基準法も大幅に改正された。

念仏堂と本堂を接続する場合、本堂と同じ棟の増築とみなされ、本堂床面積の1/20かつ50 ㎡を超える増築については、原則として建築基準法令137 条の2 により、現行法規に適合させることが求められる。ただし、現実的には旧耐震基準で造られた建物を現行法規に適合させることが難しいため、面積による緩和規定が設けられており、念仏堂の床面積が本堂の床面積の1/2 以下の場合、構造耐力規定については、耐震改修方法に対する構造評定を受けて、新耐震基準の最低レベルと同等以上の耐力が確保できると認定され、それに基づく改修工事を行えば、現行法規に適合しなくてもよいこととなっている。

また構造的な法規制以外にも、防火・避難についても現行法規の適用を求められるが、同じく面積による緩和規定があり、念仏堂の床面積が本堂の1/2 以下の場合、「全体計画認定制度」を用いて最大20 年以内に現行法規に適合させればよいこととなっている。




現行法規の適用を受けない本堂との接続(別棟扱い)

現行法規に対する適用は、面積緩和を用いても、本堂に対して大掛かりな工事が発生し、特に排煙設備については設置が難しく大変な改修工事となる。そこで、なんとか本堂が現行法規の適用を受けない接続方法はないかと調査したところ、開放的な渡り廊下を建物間に挟むことで、本堂と念仏堂を別棟としてよいという行政判断があり、これを用いれば、念仏堂が本堂に対する増築にあたらず、したがって本堂に対し現行法規の適用も求められないことがわかった。

この行政判断は、行政主体によって基準がまちまちであるが、墨田区の場合は以下の条件が整えば別棟と認めることができるとの回答があった。(平成22 年6 月29 日墨田区都市計画部建築指導課)



なお渡り廊下部分は屋外なので、耐火構造において外部鉄骨階段が許されているのと同様に鉄骨造であれば耐火被覆はいあらないと考えているが、確認が必要である。


本堂と念仏堂を別棟扱いとする場合は、以下のような接続方法が考えられる。


本堂と念仏堂の間をすべて開放的な渡り廊下とする場合

本堂と念仏堂の際で、エキスパンションジョイントを設け、EVや階段部を開放的な渡り廊下とする方法である。構造的には素直な方法であるが、渡り廊下の3階には屋根を設けることができないため、EVを使って念仏堂の3階に行く場合は傘が必要となる。ただし本堂の3階屋根から庇を出すことにより、本堂3階の羅漢堂には雨に濡れずにアクセスできる。

なおペット受付部は床面積に含まれないように、開放的な格子で囲われた半屋外の空間とする必要がある。




エレベータと階段を本堂に増築し、開放的な渡り廊下を最小限設ける場合

EVと階段部分を本堂の床面積に対する1/20 以下かつ50 ㎡以下の増築として、現行法規の適用を受けないようにし、かつ念仏堂との間を最小限の渡り廊下で接続する方法である。

増築部分は、3階に屋根をかけることが可能であり、念仏堂側からも庇を張り出すことにより、EVを使って本堂や念仏堂へ雨に濡れずにアクセスできる。

また増築部分は50 ㎡以下であれば床面積に含まれてよいので、寺務所と一体となった屋内のペット受付をつくることが可能である。ただし開放的な渡り廊下の両側でエキスパンションジョイントを設けなければならないこと、本堂の増築部分についてもエキスパンションジョイントになることから、柱が多く発生し、構造的には複雑になる。








2019年10月01日